脊髄空洞症という病気がみつかってから、すでに100年以上が経ちます。その間、この病態について、多くの仮説が建てられてきましたが、この病気の原因は、いまだもってよくわかっていません。本稿では、脊髄空洞症の病態研究の歴史と、現在残された問題点、そして、私が最近発表した病態の新理論についてお話ししたいと思います。

  1. 脊髄空洞症研究の歴史
  2. 仮説の問題点
  3. 私の新理論

脊髄空洞症研究の歴史

Gardnerの仮説

Clevelandの脳神経外科医、Gardnerは、キアリ奇形患者では、第4脳室の出口に先天的に膜様の構造があり、これが、脊髄液の流出を妨げるために、脊髄液が、脊髄内に流入すると考えました。流入経路としては、もともと第4脳室から脊髄の中心部に通っている細い水路である「中心管」であると考えています。かれは、この考えに基づいて、現在行われている、大後頭孔減圧術のもとととなった術式を考案し、これが空洞縮小に効果があることを示しました。

Williamsの仮説

英国の脳神経外科医Williamsは、1980年頃、頭部から脊髄への脊髄液の流れが、キアリ患者では、頭部から出る方向にのみ選択的に抵抗を受けていることを示し、このことによる頭部と脊髄側との圧較差が、空洞生成の原因であると考えました。

Oldfieldの仮説

アメリカ、NIHの脳神経外科医Oldfield等は、キアリ奇形患者の手術中に、脊髄側に嵌頓した小脳扁桃が、ピストンのようにうごいていることに気づきました。かれらは、このピストン用の動きが、脊髄のくも膜下腔に髄液の圧波を起こし、これが原因で、脊髄液が脊髄実質を通して(血管周囲腔を通って)空洞内に流入すると考えました。

仮説の問題点

これらの仮説は、脊髄空洞症の病態を考えるうえで、有力な手掛かりとなりましたが、いずれの仮説も、直接的に証明されたわけではなく、仮説の域にとどまっています。

これらの仮説の最大の問題点は、圧較差に抗して脊髄液がどのように空洞内に流入し、それがどうして空洞内に保持されるのか、という点を全く説明できない点です。空洞は、風船のように広がっているので、空洞内の圧は、周辺のくも膜下腔の圧よりも高いことは、物理の法則によって示されます。では、低い圧のくも膜下腔から、高い圧の空洞に向かって、どうして脊髄液が流入できるのでしょうか?また、いったん流入した脊髄液は、なにもなければ、高い圧の空洞から低い圧のくも膜下腔に流れ出してしまうはずですが、これがどのようにして空洞内に保持できるのでしょうか?このような疑問に、従来の仮説は、全く答えることができていません。

私の新理論

私は、キアリ奇形患者のMRIデータの分析に基づいて、新しい仮説を着想し、これを、10月1日に論文として発表しました。論文は、インターネット上で、誰でも読むことができますので、もしご興味がおありでしたら、読んでみてください。(https://doi.org/10.12688/f1000research.72823.1) 現在、この理論をもう少し詳しく説明するために、コンピュータ・シミュレーションに基づいた理論的研究の論文を執筆中です。

ごく簡単に説明すると、脊髄くも膜下腔に、一方向だけの流れ(例えば頭からお尻方向)に選択的な抵抗が存在すると、それが、その部位の中心管(脊髄の中心部にある細い水路)に、one-way valveの働きを作り出す、というものです。

これだけの説明では、何のことかわからないかと思いますが、くも膜下腔の脊髄液の流れに、方向選択的な抵抗があることは、Williamsが実験で示していますし、Oldfieldが見た小脳扁桃のピストン用の動きも、この選択的な抵抗の存在を示唆するものだということができます。

そうであれば、手術で、くも膜下腔の水路を広げることで、この選択的抵抗が消失し、中心管のone-way valve機能も消失して、脊髄液は、高い圧の空洞内から低い圧のくも膜下腔に徐々に流出し、空洞は縮小するはずです。

この理論の面白い点は、全く同じ理論で、もう一つの種類の脊髄空洞症(癒着性くも膜炎に伴う脊髄空洞症)の病態も説明することができるという点です。いままでの理論では、キアリ奇形に伴う空洞症は説明できても、癒着性くも膜炎に伴う空洞症については、全く説明ができていませんでした。それが、統一的にせつめいできるのであれば、空洞症の病態の理解に、一歩近づくことができるのではないかと考えています。

まとめ

脊髄空洞症の病態について、いままでどのような理論が提唱されてきたのか、現在残された問題点は何か、そして、私の新しい理論について、簡単に説明しました。本稿は少し難しかったかもしれませんが、私が、日々どのようなことを研究しているのかをわかっていただければ、幸いです。