はじめに

腰部脊柱管狭窄症や椎間孔狭窄症の手術では、腰椎の固定術を勧められることが多いと思いますが、はたしてこれが本当に良い治療法かという点については、専門家の間でも議論のあるところです。私自身は、脊椎手術の専門家として、過去25年以上低侵襲な除圧術を行ってきましたが、固定術が必要になった症例はほとんどありません。なぜこのような違いが生まれるのでしょうか?本記事では、この点について解説し、私が行っている低侵襲な除圧術について紹介したいと思います。

概要

  1. 固定術の歴史
  2. 固定術の問題点
  3. 固定術は必要か?
  4. 低侵襲な除圧術の考え方
  5. 顕微鏡を用いた低侵襲な除圧術

固定術の歴史

腰部脊柱管狭窄症に対しては、当初、椎弓切除術という手術法が行われていました。これは、脊柱管のトンネルの天井にあたる、椎弓と棘突起部分を切除してしまう方法で、神経の圧迫を取るには有効ですが、問題は、椎弓と一緒に、後方から骨を支える靭帯や筋肉の付着部がなくなってしまうので、脊柱の安定性が損なわれることでした。このため、術後しばらくして、脊椎のすべりは側湾が生じ、症状が再発することが問題となりました。

椎弓切除術 脊柱管後方の椎弓と呼ばれる骨を摘出して脊柱管を除圧する

これを防止するために、椎弓切除を行った後に、脊椎の不安定性を防止するため、あらかじめ脊椎を固定して動かなくしてしまおう、というのが、固定術の考え方です。当初は骨移植を行うことで固定を得ていたのですが、近年では、椎体にスクリューを打って金属のボルトで骨を固定することにより、より確実に固定を得ることが主流となっています。

固定術の問題点

今日の、金具を用いた固定術では、ほぼ確実に強固な固定を得ることができます。しかしながら、固定術には、いくつか大きな問題点があります。

運動の制限

一椎間程度の固定であれば、それほど大きな問題はありませんが、多椎間の固定となると、腰の動きが制限されてしまいます。ひどい場合は、日常生活にも支障が出ることもあるでしょうし、スポーツなどをされる場合、問題となる場合もあります。

隣接椎間の変性

これが、固定術における一番大きな問題点でしょう。腰椎が固定されて動かなくなることによって、腰の動きは、固定された隣の椎間が受け持つことになります。すると、この椎間に負担がかかるため、しばらくすると、かなりの確率で、この椎間の変性が起きてきます。そうすると、その部位で、また脊柱管の狭窄が起き、神経が圧迫されて症状が再発してしまいます。

こうなると、問題はやっかいになってきます。狭窄を起こした隣接椎間の除圧を行っても、その椎間への負担は減りませんので、しばらくすると再狭窄を起こしてくることが多いようです。解決方法として、固定を隣接椎間まで延長するということはできますが、すると更にその隣の椎間の変性を心配しなければなりません。こうなると、根本的な解決は難しくなります。

固定は元に戻せない

問題が起きたからと言って、一旦固定してしまったものは、元に戻すことはできません。ですので、固定の手術をする前には、慎重にお考えになることをお勧めします。

手術の侵襲

固定の手術は、一般的に言って、後に述べる除圧の手術より侵襲が大きいということができます。大きい皮膚切開で、筋肉の剥離も大きく、出血量も多くなるでしょう。糖尿病があったり、心臓に問題があったりした場合、手術のリスクも高くなります。ご高齢の場合にも、手術がためらわれるケースも多いかと思います。近年では、いろいろな方法で、手術の侵襲を少なくする工夫がなされてきてはいますが、まだそれほど一般的ではないかもしれません。

腰椎のすべりが強い場合や、脊椎が横方向に側湾しているような場合は、手術の侵襲は更に高くなり、神経損傷による重大な合併症のリスクも出てきます。

固定術は必要か?

このように、多くの問題のある固定術ですが、果たしてこれは本当に必要なのでしょうか?実は、これは未だに結論が出ていない問題なのです。

医学の世界では、ある薬が有効か、ある治療法が有効かを確定するためには、「無作為比較試験」というものを行う必要があります。これは、簡単にいうと、2つの等質な患者グループに対して、、片方のグループには一つの治療法、もう片方のグループには別の治療法を行ってみて、2つのグループ間の成績の違いを調べるというものです。

固定術に関しては、いままで少なくとも3つの無作為比較試験が行われていますが、結果はまちまちで、はっきりと固定術の優位性を示すに至っていません。しかも、比較の対象となったのは、椎弓切除術で、後に述べる低侵襲な除圧術ではありません。こう考えると、はっきりとした優位性の証拠がないにもかかわらず、侵襲の大きい固定術が広く行われている、というのが現状であるということができます。

低侵襲な除圧術の考え方

これに反して、低侵襲な除圧術では、次のような考え方を取ります。「圧迫されて症状を出している神経の場所を正確に突き止め、その場所を、顕微鏡手術の技術を使って、pin-pointに除圧する」というものです。次の節で、まず、正確な診断方法について述べ、その次の節で、実際の手術方法について解説します。

画像診断

通常の画像診断では不十分

一口に、腰痛や下肢痛といっても、その原因は多くの場合、腰椎での神経根の圧迫が原因です。しかし、腰椎には多くの神経が走っており、どの部位での圧迫が症状の原因なのかを突き止めるのは、実際にはそう簡単ではありません。頚椎の場合も同様です。

通常は、神経学的診察を行い、筋力低下や知覚障害、深部反射などの所見をもとにして、おおよそ何番の神経根が症状を出しているかを推定した上で、MRIを撮影し、圧迫部位を同定する、という方法をとります。

しかしながら、私の経験上、通常行われている腰椎のMRI検査では、画像があまり細かく切られておらず、微妙な神経の圧迫の状態を見るには、極めて不十分と言わざるを得ません。

Thin-slice MRI検査

そのため、私は、thin-slice MRIという特別なMRIの撮り方を工夫し、これを日常の臨床で使用しています。Thin-sliceというのは、「薄い切片」という意味です。MRIやCTというのは、コンピュータによる断層撮影、つまり、体をある面で切った断面を画像にしたものです。通常のMRI撮影では、この断面の厚みが1cm程度ですが、私はこれを1mmまで薄くたものを使用しています。こうすると、腰椎の神経1本1本を画像で追いかけていくことができて、どこに圧迫があるのかを明瞭に判断することができます。もう、15年以上、この撮影法を使い続けていますが、いまでは、このthin-slice MRIがなければ、診断は不可能と言えるくらいの状態で、この方法がもっと広まらないのが残念でなりません。

Thin-slice MRIでは、矢印に示すように、一本一本の神経を追いかけて観察することができる。

この方法は、特に、後で述べる椎間孔狭窄症の診断に有効で、私のところにいらっしゃる患者さんでも、通常のMRIでなかなか診断がつかなかったのが、thin-slice MRIを撮ると、すぐに診断がついてしまう、ということを、しばしば経験します。

低侵襲な除圧術

このようにして、病変の部位を正確に同定することができれば、次に、いかに侵襲を少なく、この部位での神経の圧迫を取り除くか、ということが問題になります。低侵襲な除圧手術には、内視鏡を用いるものと、顕微鏡を用いるものとがあります。私が行っているのは、手術用の顕微鏡を用いた低侵襲な除圧術です。詳しい手術法を解説する前に、内視鏡と顕微鏡の違いについて簡単に解説してみます。

内視鏡と顕微鏡

内視鏡と顕微鏡がどう違うのか、という質問をよく受けますが、どちらも体に対する侵襲を少なくして神経の除圧を行うという点では、変わりはありません。どちらの方法も、小さい皮膚切開で、限られた術野で神経の除圧を行います。ただ、大きな違いは、内視鏡は、単眼で、立体視ができないのに対し、顕微鏡では、複眼で術野を立体視できるので、手術操作がより確実で、安全に行うことができる、という点です。我々脳神経外科医は、脳の手術で常に顕微鏡を用いています。デリケートな脳の手術では、内視鏡を使うことはほとんどない、という点からも、顕微鏡手術の安全性が解ると思います。もう一つの違いは、顕微鏡では、後で述べる超音波骨メスを用いて、神経の近くでも安全に骨を削れるのに対し、内視鏡では高回転のドリルを使わざるを得ないという点です。以上の点から、私は、より安全な顕微鏡手術を行っています。内視鏡手術では、顕微鏡手術より小さい皮膚切開で手術ができるのが利点ではありますが、皮膚切開が2cmか5cmかで、大きな違いはないと思っています。

顕微鏡手術の様子

超音波骨メス

超音波骨メスというのは、3mm程度の幅の金属プローブの先端が超音波で振動して、骨を削除する器械で、ドリルのように回転する部分がないので、より安全に骨を削ることができます。ドリルというのは、先端が高速で回転していますので、一歩間違えると、神経などの柔らかい組織を巻き込んでしまう危険があります。その点、超音波骨メスでは、回転する部分がありませんので、そのようなことは起きません。神経の近くでも安全に骨を削っていくことができ、低侵襲の除圧術には欠かすことのできない器械です。

 
超音波骨メスの先端部と、超音波振動の様子

脊柱管狭窄症と椎間孔狭窄症

腰椎でも頚椎でも、神経の圧迫のされ方には、大きく分けて2つの種類があります。ひとつは、神経の通る本管のトンネルが狭くなる、脊柱管狭窄症と、本管から外へ出ていく穴である椎間孔のところで狭窄が起きる、椎間孔狭窄症です。高速道路に例えれば、脊柱管が本線で、椎間孔がインターチェンジという感じです。狭窄のタイプがどちらかによって、手術の方法が異なってきます。以下では、腰椎の手術に限って解説します。

脊柱管狭窄症に対する、片側進入両側除圧術

脊柱管狭窄症に対しては、以前に述べた椎弓切除術が古くから行われており、また、固定術を行う際にも、固定の前に、椎弓切除術で神経を除圧するわけですが、この方法では、術後に脊柱管の不安定性が起こりやすいということは前に述べたとおりです。これを防ぐために、骨や関節を削る範囲を最小にして、なおかつ完全な除圧を得ようという考えで開発されたのが、片側進入両側除圧術です。

片側進入両側除圧術の模式図

図に示すように、正中にある棘突起という骨の突起を温存し、その脇に開けた小さい穴から、脊柱管を狭めている肥厚した黄色靭帯を切除し、脊柱管を広げて正常な広さに戻します。この方法で行うと、椎弓切除と違って、正中の骨と反対側の筋肉の付着部を温存できるので、術後の不安定性を防ぐことができ、すべり症や側弯症など症例でも、固定を行う必要はありません。

この方法は、顕微鏡でも内視鏡でも行われます。ただし、除圧不足に陥ることなく完全な神経の除圧を得るのは、実際には技術的に非常に難しい手術であると言えます。術者の経験が、手術の結果に大きく影響するでしょう。私自身は、この点でも、顕微鏡による手術、そして超音波骨メスを使った手術が、安全に、かつ完全な除圧を得るのに、優れた方法であると考えています。

椎間孔狭窄症に対する顕微鏡的除圧術

椎間孔狭窄症は、診断することも難しいのですが、手術で神経を除圧することも難しく、この手術は、脊椎手術の中でも最も難しい手術の一つではないかと思っています。後ろからアプローチすると、椎間孔は関節の向こう側にあり、関節を壊さずに除圧をすることが困難です。ですので、関節を切除して神経の除圧をした後、不安定性が生じるのを防ぐために固定をする、という手術がよくやられています。

椎間孔狭窄症に対する、顕微鏡的除圧術の模式図

しかし、関節をできるだけ削らずに、神経の除圧を行うことは可能であり、私自身は、過去20年に渡って、この手術法を研究してきました。いままでに250例以上の手術を重ね、少しずつ手術法を改良してきて、最近、術式が完成して、成績も非常に良くなっています。

図に示したように、腰部の正中から4cmほど離れた部位に、5cmの皮膚切開を置き、筋肉の間を分けて入っていって、脊柱の後外側に到達します。顕微鏡と超音波骨メスを使って、関節をできる限り温存する形で、椎間孔の天井の骨を6-7mmの幅で神経に沿って削ります。次に、神経を圧迫している靭帯を内側で切断して、神経から慎重に剥がし、きれいに切除します。これでほとんどの場合、神経の除圧が得られますが、更に確実に除圧を得るために、神経の外側にある靭帯も切除し、必要であれば、神経を下方から圧迫している椎間板の外側部も切除します。

このような神経のすぐそばでのデリケートな操作には熟練を要し、顕微鏡で得られる精密な術野と正確な手術操作が必要です。良い成績を得るためには、かなりの経験を必要としますが、幸いなことに手術後には、ほとんどの方が、手術前の辛い痛みから解放されて、日常生活を遅れるようになるのは、外科医として嬉しい限りです。

まとめ

以上、私の行っている低侵襲な脊椎の除圧術について解説しました。脊椎の病気でお悩みの方は非常に多いと思います。ひとりでも多くの方にお役に立ちたいと思っておりますので、お気軽に受診ください。