上殿皮神経という、聞きなれない名前の神経がありますが、この神経が、実は、腰痛の原因の一定の割合を占めていることが、最近わかってきました。まだ、外科医一般にはあまり知られておらず、診断がつかずに見逃される場合が多いようですが、正しく診断して、治療をすれば、症状を劇的に改善することができます。
本稿では、この病気について、以下のように説明してみたいと思います。
- 上臀皮神経絞扼とは何か?
- なぜ、診断が難しいか?
- どのように診断するか?
- どのように治療するか?
上臀皮神経絞扼とはなにか?
上臀皮神経とは、読んで字のごとく、臀部のやや上、腰骨付近の皮膚の浅い部分を走る神経で、主にその部位の皮膚の感覚を伝える細い神経です。その周辺には何本も上臀皮神経が走っていますが、その数や、走る場所は、人によって異なります。
この神経が、筋膜を貫く部分で、筋膜によって圧迫されたり、あるいは、炎症による瘢痕組織などでひきつれることなのが原因で、腰痛を起こすことがあります。この病気は、西洋医学では従来あまり認識されていなかったものですが、近年、その存在が認識され始め、注目されているものです。
私の経験でも、この病気で何年もの間、診断がつかずに苦しまれてきた患者さんを何人も見てきました。この病気を正しく認識して、きっちり治療することができれば、多くの患者さんが救われることと思います。
何故、診断が難しいのか?
これは、一言で言って、この病気が認識されていないからです。認識できていない病気のことは、診断できるはずがありません。腰痛の原因の鑑別診断に、この病気は通常入っていないのです。
しかし、この病気が原因で、ひどい腰痛に苦しめられる可能性があることが認識できてさえいれば、診断することは、それほど難しいことではありません。
診断のポイントは、まず、触診です。神経の走る領域の皮膚を指で軽く押してみて、強い痛みを感じる部分があるかどうかを見ます。通常、神経の絞扼のある部位を指で押すと、患者さんは強い痛みを感じます。これは、なんとなくこのあたり、というような漠然としたものではなく、まさしく、この一点という感じで、痛みの部位を同定することができます。
この圧痛点をみつけることができれば、次には、その部位にブロック注射をしてみます。ブロック注射といっても、診察室で、圧痛点の皮下に、局所麻酔薬を5ml程度注射してみるだけのことです。診断が正しければ、このブロック注射で、腰痛の症状は劇的に改善します。これで、この病気をほぼ間違いなく診断することができます。
腰椎のMRIは、撮影して、そちらに病気がないかどうかを確かめる必要はありますが、腰椎には病変がないことが多いので、そうであれば、診断が確定します。問題は、腰椎のMRIで疑わしい病変がある場合ですが、それでも、ブロック注射の結果がが劇的であれば、診断は、上臀皮神経絞扼ということになります。腰の手術と、上臀皮神経絞扼の手術を比べれば、上臀皮神経の方が圧倒的に手術の侵襲が低いので、どちらか迷う場合であっても、先に上臀皮神経の手術をお勧めすることになります。もし、医師が上殿皮神経の疾患を認識できていないような場合は、誤って腰の手術をされてしまう可能性もありますので、注意が必要です。
どのように治療するか?
治療は、顕微鏡を使った手術で、神経の圧迫を取り除く、神経剥離術を行います。局所麻酔でできる手術で、圧痛点の部位の皮膚に3cm程度の切開を置いて、皮下で、圧迫されている神経を探します。とても細い神経なので、肉眼で正確な手術を行うことは困難ですから、手術用の顕微鏡を用いた手術になります。
手術は、このように非常に侵襲の少ないものなので、日帰り手術も可能ですが、当院では、いまのところ、2泊3日の入院で行っています。
ただ、侵襲が少ない手術ではありますが、細い神経の扱いには、熟練した技術が必要で、簡単な手術というわけではありません。神経の顕微鏡手術に熟達した脳神経外科医が行うことが望ましいといえるでしょう。
まとめ
上殿皮神経絞扼による腰痛について、どのような病気か、何故診断が難しいか、どのように診断し、どのような治療を行うかを簡単に説明しました。もし、同じような症状をお持ちでお困りの方がいらっしゃいましたら、是非ご相談されることをお勧めします。