固定術の現状

腰痛や下肢の痛みに対して、多くの腰椎手術が行われています。そしてそのうちの多くが、スクリューなどの金属を用いた腰椎の固定術です。

多くの患者さんは、固定術の問題点を知ることなく手術を受けています。無理もありません。多くの医師が、そもそも、固定術の問題点を理解せずに手術を行っているのかもしれないのですから。

こう言うと、かなり過激な発言に聞こえるかもしれません。しかし、これは、私自信が20年以上にわたって、顕微鏡を使った低侵襲な脊椎手術を行ってきた経験から言っていることなのです。

腰椎手術の目的は神経の除圧

そもそも、腰痛や下肢痛は、なぜ起こるのでしょうか?手術が必要になるような腰痛や下肢痛は、腰椎の部分で、下肢に行く神経が圧迫されることによって起こります。圧迫は、加齢による骨の変形や椎間板の突出によって起こり、神経の圧迫部位は、脊椎の中心部の脊椎管か、トンネルからの出口(高速道路でいえばインター
チェンジ)である椎間孔の部位で起こります。

では、痛みを取り除くにはどうすればいいのでしょうか?答えは簡単です。神経を圧迫している骨や椎間板を削って、神経の圧迫を取り除けばいいのです。

私がほとんどの症例で行っているのは、この除圧術です。手術用の顕微鏡を使って、小さい傷から、必要最小限の骨を削って、神経を除圧します。圧迫部位が脊柱管か椎間孔かで、アプローチのしかたが少し異なりますが、原理的には同じ手術だと言えます。

なぜ固定術が行われるか

では、なぜ固定術がこんなに多く行われているのでしょうか?正直、私には理解が困難ですが、いくつかの理由が考えられます。

除圧術を行う場合、肉眼で手術を行えば、どうしても、必要以上に骨を削ることになります。このため、脊椎骨をつなぐ関節や靭帯が損傷されると、手術後に脊椎の安定性が悪くなり、骨がずれてきたりして症状が再発する可能性があります。それを防ぐために、除圧を行ったあとで、スクリューなどの金具を使って、脊椎骨を
固定してしまうのです。いってみれば、まず破壊を行って、それからそれを修復するというわけです。

しかし、顕微鏡を使って、低侵襲に確実な除圧を行えば、関節や靭帯も温存されるので、手術後に脊椎が不安定になることはないので、固定を行う必要はありません。

固定術の問題点

固定術の最大の問題点は、隣接椎間病変です。隣接椎間病変とは、固定を行った部分の隣の関節が、時間がたつにつれて傷んでくる現象で、かなりの確率で起こります。

固定された関節は、動かなくなりますので、その文、隣の関節に負担がかかるため、時間がたつにつれて、その関節が傷んできます。そのために脊柱管や椎間孔が狭くなり、神経を圧迫してくれば、腰痛や下肢痛の症状が出現します。

一椎間程度の固定であれば、まだ問題は少ないでしょうが、2椎間、3椎間と、固定の範囲が広がるに連れて、隣接椎間の問題は深刻になります。固定された椎体が、てこの原理で働くので、隣の関節に、より多くの負担がかかるからです。

固定術の費用

固定術に使われる金具は、医療用のものなので、きわめて高い価格が設定されています。スクリュー1本が、7万円ほどしますので、多椎間の固定などを行えば、材料費だけで、100万円や200万円は簡単に越えてしまいます。非常に効果な治療であることが分かると思います。

一方で、低侵襲な除圧術を行えば、この高価な材料費は一切必要ありませんので、医療費はとても少なくて済みます。今行われている固定術を、低侵襲な除圧術に切り替えることができれば、莫大な医療費の節約になるでしょう。

固定術の効果は実証されているのか?

では、この固定術の効果は実証されているのでしょうか?答えは、Noです。

医学の世界では、ある治療法の効果を検証するためには、ランダム化比較試験という臨床研究が必要です。患者をくじ引きで二つのグループにわけ、片方はある治療を、もう片方には別の治療(あるいはフェイクの治療)を行って、二つのグループの結果を比較するというものです。このような臨床試験の結果による証拠(エビデンス)に基づいて、治療方針が決定されます。

結論から言えば、腰椎の固定術には、確固としたエビデンスは存在しません。これは、秘密でも、過激な発言でも何でもなく、皆が知っていることです。腰椎の固定術には、確固としたエビデンスは存在しないのです。にもかかわらず、多くの腰椎固定術が行われています。びっくりされる方もいらっしゃるかもしれませんが、これが現実なのです。なぜ、このような事態になっているのか、私には理解することができません。

固定術はもとに戻せない

固定術のもう一つの問題は、もし、固定後に問題が起きても、一度固定したものは元には戻せないという点です。固定の悪影響で隣接椎間病変が起きたとしても、一度固定した骨は、元に戻すことはできません。ですので、多くの場合、隣接椎間病変は、固定の延長という方法で治療されます。これが、いかに非合理なことであるかは、少しお考えになれば分かるでしょう。固定を延長すれば、さらに次の隣接椎間に対する悪影響は、加速することが予想されます。その場合は、さらに固定を延長するのでしょうか?最初にさかのぼって、う少し良い治療方法があったのではないかと思うのですが。

ある症例

最近、ある患者さんに出会いました(実は、これが、この記事を書くきっかけになったのですが)。その方は、40代の女性で、腰痛と左下肢痛があり、ある大学病院の整形外科で手術を受けられていました。術前のMRIを見ると、左L5/S1椎間孔に狭窄があるのが見て取れます。レントゲンでは、ごく軽い側湾(前から見た時に脊柱が湾曲していること)があります。

これも、驚かれる方がいるかもしれませんが、このような椎間孔の狭窄は、多くの場合に見逃されているようです。椎間孔狭搾の画像診断は、とても難しいので、たとえ専門家と名のつく人でも、椎間孔狭窄の除圧術を多く経験していなければ、診断できないものと思われます。画像診断の専門家であっても、手術の効果を確認して、フィードバックを得ることができなければ、やはり診断は難しいでしょう。

この患者さんは、もし私が治療したとすれば、低侵襲な椎間孔の除圧術を行い、良好な経過をたどったであろうと予想されるのですが、この方がどういう手術を受けられたかというと、胸椎の10番から仙椎まで、8椎間にもわたる広範な固定術を受けられていたのです。当然ですが、このような固定を行われると、患者さんは腰を曲げることができず、自分で靴下を履くこともできません。確かに術後に腰痛はよくなったのですが、3ヶ月ほどして、左下肢の痛みとしびれが再発し、徐々に悪化してきたため、私の外来に来られました。L5/S1椎間孔の問題が再燃しているものと思われ、再手術を検討中です。

この例に関して言えば、術前の側湾はごく軽度であり、このような広範囲の固定を行う必要性はまったくなかったと思われます。このような治療が、どこかの特別な医師によって行われているのではなく、れっきとした大学病院の専門医によって行われている、ということは、これは特異な現象ではなく、日本でごく普通に行われている治療なのかもしれないということです。

この患者さんのことを知ったことが、この記事を書くきっかけとなりました。やはりこれは、正されなければいけないことだと考えたのです。ですので、この記事では、あまり自制をして当たり障りのないような表現にするのではなく、はっきりとした主張を行うことにしました。

固定術を受ける前に考えて下さい

腰椎の固定術の問題点について書いてみました。まとめると、次のようになります。

  1. 腰椎の変性疾患に対して、固定術の効果は実証されていない。
  2. 腰椎の固定術後には、隣接椎間病変が高率に発生する。
  3. 腰椎の固定は、一度してしまうと、元に戻すことはできない。
  4. 腰椎の固定術は、低侵襲な除圧術に比べて、何倍も医療費がかかる。

私自身の、顕微鏡的除圧術の成績は、論文として、一流学術誌に公表してあります。

Chang HS, Fujisawa N, Tsuchiya T, Oya S, et. al. Degenerative spondylolisthesis does not affect the outcome of unilateral laminotomy with bilateral decompression in patients with lumbar stenosis. Spine 39:400-8, 2014.

この記事をお読みになった皆さんで、もし固定術を勧められているようでしたら、是非一度、他の選択肢も検討されることをおすすめ致します。