はじめに

この記事では、脊髄空洞症と診断されて、手術を勧められた方のために、脊髄空洞症の手術はどういうものかをできるだけわかりやすく説明してみました。

脊髄空洞症の原因には、大きく分けて、キアリ奇形に伴うものと、癒着性くも膜炎に伴うものがあります。詳しくは、この記事を参照してください。本記事では、より頻度の高い、キアリ奇形に伴う空洞症の手術について説明します。癒着性くも膜炎に伴う空洞症の手術いついては、また別の記事で説明します。また、乳幼児のキアリ奇形2型に伴う空洞症も、病態が異なりますので、この記事では扱いません。

どんな時に手術を受けるべきか?

これは、いちがいには言えませんが、はっきりした症状があって、キアリ奇形と脊髄空洞症がMRIで認められているのであれば、基本的になるべく早く手術を受けられることをお勧めします。なぜなら、手術が遅れた場合に後遺症が残る可能性があるからです。

脊髄空洞症の症状には、手の痛みやしびれ、筋力低下、歩行障害などの様々な症状があります。この内、後遺症の問題があるのは、手や腕の痛みです。脊髄空洞症の手術をが成功して、空洞が縮んでも、腕の痛みだけが後遺症として残る、ということが割とよくあります。ですので、そういう症状が進行する前に手術を受ける必要があります。もちろん、痛み以外の症状でも、症状が進行してから手術しても治りが悪いのは当然ですから、これも早めに手術を考えられたほうがいいでしょう。

ただし、これには例外があります。思春期の患者さんで、症状が軽い場合は経過を見ることが多いと思います。これは、骨格の発達につれて、空洞症の原因となる脊髄液の流通障害が改善され、空洞が自然に縮小するケースがあるからです。

また、先天性の小さく細い空洞が頸髄の下の方に、MRIでみつかることがしばしばあります。この場合、無症状なことがほとんどです。この場合は、一定の期間経過観察をして、空洞が拡大しないようであれば、手術をする必要はありません。

手術

キアリ奇形に伴う脊髄空洞症に対しては、大後頭孔減圧術という手術が行われます。これは、後頭骨を2cm四方程度はずして、その部位を広げ、脊髄液の流れをよくしてやる目的で行われます。

手術は、基本的に脳を触ることはなく、脳の周りにある硬膜という硬い膜をいじるだけなので、脳腫瘍や動脈瘤などの一般的な脳神経外科の手術に比べれば、安全な手術といえます。

皮膚切開

手術は全身麻酔で行います。患者さんをうつ伏せにして頭部を動かないようにピンで固定します。頭髪は、後頭部の一部だけを剃り、ぼんのくぼの少し上の部分の皮膚を5cm程度縦に切開します。

第一椎弓切除

次に、第1頚椎の椎弓を露出し、切除します。椎弓というのは、脊椎骨の後ろ側のアーチ状になっている部分のことで、脊柱管の天井をつくっている部分のことです。第1頚椎の椎弓は、切除してもほとんど悪影響はありません。

後頭下開頭

開頭

次に、後頭骨を、2X2 cmくらいの大きさではずします(後頭骨開頭)。このあたりから、手術方法は手術をする人によって少し変わってきます。私は、この開頭の際に、骨を削り取ってしまうのではなく、後で戻せるように骨片を温存する形で開頭を行います。ほとんどの人はおそらく、この際に、骨を削り取ってしまうだろうと思います。どちらにしても、手術成績が大きく異なることはないでしょう。

硬膜を開く

硬膜切開

次に、硬膜をY字状に切開して開きます。この場合も、硬膜を完全に切開する方法と、半層だけ切開する方法のふた通りがあります。硬膜を完全に切開したほうが手術の効果が確実ですが、その分、手術後に脊髄液が漏れる、髄液漏の合併症のリスクが少し高くなります。硬膜を半層だけ切除する方法では、そのリスクはありませんが、そのかわり、手術の効果が不十分になる可能性が増えます。私は、全例、硬膜を完全に切除していますが、硬膜の内側の、くも膜と呼ばれる薄い膜を温存するようにしています。そうすることで、確実な効果を得て、髄液漏のリスクもなくすことができます。

筋膜などでパッチをあてる

筋膜パッチ

小脳扁桃周辺を観察し、癒着などがないようであれば、硬膜を開いた窓を、周辺から採取した筋膜などで蓋をし、周りを縫い付けてパッチをあてるようにします。この手術の目的は、小脳の後ろ側のスペースを広げて、脊髄液の流通をよくすることです。これまで行ったように、骨をはずし、硬膜を切り開き、その切り開いたスペースにパッチをあてて蓋をすることで、この目的が達せられます。

実際にパッチを当てる材料は、筋膜だけではなく、骨膜や、人工のゴア・テックスなど、いろいろなものが使われます。上に述べた、硬膜を半層だけ切開する方法では、硬膜は完全に切断されずに内側の部分が残りますので、この、パッチを当てるという作業は必要なく、その分手術時間が短縮できます。

パッチを当てたあと、超音波のエコーを使って、小脳扁桃の動きを観察し、実際に、脊髄液の流通するスペースが広がって流通が良好なのを確認することができます。

骨片を戻して固定する

骨片の固定

この操作は、私独自の工夫で、これをする先生はほとんどいないかもしれません。前述したように、ほとんどの医師は、後頭骨を削り取ってしまいますが、私は、後頭骨を削らずに、骨片として採取します。そして、硬膜にパッチを当てたあとに、この骨片をもとの位置に戻して固定します。骨片として採取するのは手間と時間がかかるのですが、私は、次に述べる理由で、必ず行っています。

手術後しばらくして、硬膜の表面に瘢痕組織が形成されることがあります。皮膚の傷あとにできる瘢痕と同じものですね。これが、せっかく広げた硬膜を、また内側に押しつぶしてしまう場合があり、再発の原因になります。これを防ぐために、私は、骨片をもとの位置に戻し、硬膜をこの骨片に縫い付けて、すきまができないように固定します。こうすることで、瘢痕組織ができるスペースをつぶしてしまうので、硬膜は、術後も、広がった状態を保つことができます。

筋肉・皮膚を閉じる

最後に、筋肉と皮膚を縫合して、手術を終了します。

合併症の可能性

この手術は比較的安全な手術といえますが、どんな手術でも、100%安全な手術というものはありません。手術後に、低い確率ではありますが、いろいろな合併症が起こる可能性があります。

脳損傷

理屈の上では、脳や脊髄が損傷されるリスクがありますが、上に述べたように、脳をいじるような手術ではありませんので、実際問題、このリスクは極小と考えてもいいでしょう。

髄液漏

バッチの縫い目から脊髄液が傷口に漏れてくることです。この状態が起きると、傷口がいつまでたってもくっつかず、ばい菌が入り込んで感染を起こします。

治す方法としては、まず、腰椎ドレナージという方法があります。脊髄液は、腰までつながっていますので、腰に細い針を刺してカテーテルを挿入し、脊髄液を持続的に外に抜いていきます。こうすると、脊髄液の圧が下がり、傷口に漏れてこなくなるので、この状態を1-2日キープすると、髄液の漏れる穴が自然にふさがってくれます。

これでも治らない場合は、再手術で穴をふさぐ必要がありますが、そのようなケースはまれでしょう。

感染

どんな手術でも、細菌が感染するリスクが、わずかにあります。ほとんどの場合は抗生剤で治療可能性ですので、それぼど心配する必要はありません。

出血

手術中の出血は、通常少量で済みますので、輸血が必要になることはありません。

手術後に硬膜の外側に出血が起きて、血のかたまりができることが、まれにあります。血のかたまりが、奥で小脳を圧迫するような場合は、緊急手術で、血のかたまりを取り除く必要があります。

その他の合併症

以上が、起こりうる主な合併症ですが、手術ですので、上に挙げた以外にも、予期せぬ合併症が起きることはあります。しかし、必要以上に心配される必要はないでしょう。

成功率

手術は非常に有効で、私の場合、95%以上のケースで、術後空洞が縮小します。手術前の症状も多くが改善します。

ただ、痛みの症状だけは、注意が必要です。手術前の症状で、上肢の痛みがある場合、手術が成功して空洞が縮小しても、痛みの症状だけが残存する、という場合が、しばしばあります。この原因は、はっきりとはわかりませんが、この場合、残念ながら、手術が成功したにも関わらず、痛みが後遺症として残った、ということになります。

まとめ

  • 脊髄空洞症の手術は、症状があるのであれば、多くの場合は、早めに手術を受けたほうがいいでしょう
  • 手術は脳神経外科が専門で、脳の中をいじるわけではないので、比較的安全に行うことができます。
  • キアリ奇形に伴う空洞症の場合、経験のある脳神経外科医であれば、手術の成功率は高いといえます。
  • 経験豊富な脳神経外科医を探して、手術を受けられることをお勧めします。